広島地方裁判所 平成4年(わ)491号 判決
本籍
広島市西区草津浜町八八四番地
住居
同区草津南一丁目一一番一七号
かき養殖業
大可ハルヨ
大正一三年二月一〇日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官原島肇、弁護人西垣克巳各出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年及び罰金一〇〇〇万円に処する。
罰金を全額納めることができないときは、その未納分について一〇万円を一日に換算した期間労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人は、広島市西区草津港一丁目一四番六号において、大三海産の商号でかき養殖業等を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外して仮名、借名預貯金を設定するなどの不正の行為により所得の一部を秘匿した上、
第一 昭和六三年分の自己の実際の所得金額が三八八七万三二七五円で、これに対する所得税額が一四五七万八六〇〇円であるのにもかかわらず、平成元年三月一四日、当時広島市中区加古町九番一号所在の広島西税務署において、同税務署長に対し、所得金額が三二二万七八三四円で、これに対する所得税額が二四万七七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により正当な所得税額との差額一四三三万九〇〇円の所得税を免れ、
第二 平成元年分の自己の実際の所得金額が四九三〇万二三三〇円で、これに対する所得税額が二〇三九万二六〇〇円であるのにもかかわらず、同二年三月一五日、前記広島西税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一五三一万一五三四円で、これに対する所得税額が三九〇万八四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により正当な所得税額との差額一六四八万四二〇〇円の所得税を免れ、
第三 平成二年分の自己の実際の所得金額が七二四〇万七六二円で、これに対する所得税額が三一七五万九八〇〇円であるのにもかかわらず、同三年三月一五日、前記広島西税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一七七六万五四二六円で、これに対する所得税額が四八九万円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により正当な所得税額との差額二六八六万九八〇〇円の所得税を免れ、
たものである。
(証拠の標目)
括弧内の漢数字は、証拠等関係カードの検察官請求番号を示す。
判示事実全部について
一 被告人の当公判廷における供述
一 第一回公判調書中の被告人の供述部分
一 被告人の検察官に対する供述調書六通(三〇ないし三五)
一 大可君枝(二)及び出口典子(五)の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の
1 売上調査書(一二)
2 売上原価調査書(一三)
3 荷造運賃調査書(一四)
4 広告宣伝費調査書(一五)
5 利子割引料調査書(一六)
6 手数料調査書(一七)
7 雑費調査書(一八)
8 専従者給与調査書(一九)
9 不動産所得収入金額調査書(二〇)
10 不動産所得租税公課調査書(二一)
11 不動産所得修繕費調査書(二二)
12 不動産所得減価償却費調査書(二三)
13 不動産所得支払利息調査書(二四)
14 不動産所得青色申告控除額調査書(二五)
15 繰越損失調査書(二六)
16 利子所得調査書(二七)
一 領置てん末書(八)
判示第一の事実について
一 昭和六三年分の所得税の確定申告書(平成四年押第三六号の1。九)
判示第二及び第三の各事実について
一 山本勝弘(六)及び見正孝司(七)の検察官に対する各供述調書
判示第二の事実について
一 姫宮明子(三)及び佐々木輝彦(四)の検察官に対する各供述調書
一 平成元年分の所得税の確定申告書(同押号の2。一〇)
判示第三の事実について
一 平成二年分の所得税の確定申告書(同押号の3。一一)
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項前段に該当するところ、その免れた所得税の額がいずれも五〇〇万円をこえるので情状によりいずれも同条二項を適用し、所定刑中いずれも懲役刑及び罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金一〇〇〇万円に処し、右の罰金を全額納めることができないときは、その未納分について同法一八条により一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
本件は、個人でかき養殖業を営む被告人が、老後の生活のための隠し資産を貯えようと、判示のような所得秘匿工作を行った上、実際の所得よりも少ない所得を殊更に申告し、三年分にわたって所得税の一部を免れた事案である。その脱税額は合計五七六八万四九〇〇円と相当高額である上、脱税率も平均すると八五パーセントを超える高いものである。また、所得を秘匿するにあたっては、かきの系統外出荷にかかる売上の除外、架空仕入れの計上など様々な手口が使われており、その手段も巧妙である。しかも、被告人の行為は、国家財政の基盤である租税収入の確保を困難にするばかりでなく、徴税は公平に行われるべきとする社会の期待、信頼を損なうものであって、それ自体強い非難に値する。これらの事情を総合すると、被告人の刑事責任は決して軽いとはいえない。
もっとも、被告人は、その後本件各犯行に及んだことを深く反省し、各年分の所得税の修正申告をして、いずれについてもその本税、延滞税、重加算税等を完納するに至っている。また、本件以後は不正経理がなされることも無くなっている。さらには、被告人が本件各犯行に及ぶに至った前記のような動機には、夫や子などの家族を持たないまま老齢に達したことによる不安感などが色濃く反映されているものと認められ、この点にはわずかにではあるが酌量の余地がないわけではない。
そこで、これらの各情状及び被告人が高齢であることなど被告人に有利に斟酌しうるその他の事情をも考慮し、被告人を主文のとおり懲役刑及び罰金刑に処することとするが、懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当と判断した。
なお、弁護人は、各年分の脱税額がいずれも弁護人主張のとおりの額に訴因変更されていることを指摘した上で、本件においては調査官による違法な調査及び事実認定がなされており、その結果、被告人は約二一五三万円余りもの支払義務のない納税を強いられ、しかもその一部については回復不可能な状態にあるとして、被告人には罰金刑を併科しないのが妥当である旨主張するが、本件のような脱税事犯において併科される罰金刑は、不法利益そのものの剥奪に本来の目的があるのではなく、不法利益を獲得しようとする犯罪行為が無益なことを犯人及び世人に悟らせる点に主眼があるのだから、仮に弁護人が主張するように、被告人が支払義務のない納税を強いられているとしても、そのことを罰金額に反映させることはともかくとして、それが罰金刑を併科しないことの理由になることはないというべきである。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑・懲役一年及び罰金一七〇〇万円)
(裁判所 齋藤正人)